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São Leopoldoはブラジル・リオグランデ・ド・スル州の市で、ポルトアレグレ大都市圏に属する。ブラジルで最初にドイツ人移民によって建設された都市である。
先住民カリジョス(carijós)およびアゾレス諸島出身の移民が暮らしていた。1824年7月25日、ブラジル皇帝ドン・ペドロ1世によって入植させられた最初の39人のドイツ人移民がこの地域に到着したとき、ここはLinho-cânhamo(亜麻・麻)の交易所(Feitoria do Linho-cânhamo)として知られる村であった。既に閉鎖された政府経営の麻製造施設であるReal Feitoria do Linho Cânhamoは、ロープを生産していたが、大きな成果を上げられず、とりわけ管理者の汚職などを理由に破綻した。
この交易所は、Rio dos Sinos(シノス川)の左岸にあった。1824年7月25日がSão Leopoldoの建設日とされるようになった。移民たちは植民用の区画を受け取るまでこの交易所に滞在し、その入植地は皇后レオポルディーナ(ペドロ1世の墺国出身の妃)に因んで「São Leopoldoドイツ人植民地(Colônia Alemã de São Leopoldo)」と命名された。当時、州知事はSão Leopoldo子爵であった。
ファロウピーリャ革命(Revolução Farroupilha)の際、植民地はDaniel Hillebrandに率いられた帝政派と、Hermann von Salischに率いられた革命派に分裂した。その時期、植民地は包囲されていたポルトアレグレを支援し、Rio dos Sinosを通じて艀で物資を届けた。
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